はじめまして

2023年6月25日日曜日

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そろそろ私も「いい歳」になってきました。

わが子はふたりとも、社会に出て働いています。心もとないけど、頑張っている(ようです)。

我が家は立派な家柄ではなく、彼らも大した学歴を持つわけではありません。

立派な企業に就職したわけでも、盤石な身分を手に入れたわけでもありません。

それでも自ら社会に踏み出した彼らの生き方に、敬意を表したいと思います。

何の後ろ盾も持たない父親が、せめて彼らにしてあげられることとは何でしょうか。


生きることは必ずしも楽ではないし、楽しいことばかりではありません。

それでも私自身は、懸命に生きてきました(本当か?)。

振り返ってみるとわが人生、心細かったことの方が多い気がします。

それでも何とかここまで生き抜くことができ、今は間違いなく幸福であると、自信と誇りを持って言えます。

それは妻のおかげ。亡くなった母親のおかげ。自分を取り巻く人々のおかげ。ふたりの子供たちのおかげであります。

そして何より、母親から継承した信仰のおかげだと思っています。


わが子供たちを見ていると、間違いなく私より強い。

その点は頼もしい限りですが、それでも今後生きていく上で、人生すべてが順調にいくとは考えにくい。長い人生。様々な困難に直面するときが来ると考える方が、むしろ自然でしょう。

そんなとき、心に確固たる「拠り所」を持てるかどうか。そこが言わば「勝負の分かれ目」になるのではないでしょうか。


世間では「宗教」と言うだけで怪しむ人は多いようです。

「宗教2世」といった言葉が取りざたされる昨今、子供たちに信仰を語ることは、誤解や偏見を招くことが多いのかもしれません。

「信教の自由」は絶対的なものです。「信仰する/しない」の自由と同様に「信仰を勧める/勧めない」の自由も絶対的なものでしょう。

「宗教2世問題」などと過敏に問題視するより、子供や若者の自主性、主体性を育てることの方が重要なのではないでしょうか。

もとより私は「底辺の庶民」であります。何もない人間ですが、わが信仰を「自主的に」貫いてきたつもりです。

こんな私ですが、生きる指針、目標、希望を示してくれた創価の思想、生命哲学を、少しずつでもやさしく語って行きたいと思います。

できればサルにも解るように(バカにしているワケではありません)。

どうかよろしくお願いします。






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